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再びヨロンへ

徳世敦子

 「リベンジ」というのとはちょっと違う。YS機の窓から、エメラルド色の海に囲まれた島を再び目にした時、私はそう感じた。別にかたきを討つわけでも借りを返すわけでもなく、ただ、この海でもう一度泳ぎたかっただけなんだって。


 空港に到着。29度という気温とギラギラする日差しに、昨日までの悲壮な決意はどこへやら、何だかワクワクする。早く海に会いたい。そしてご対面。引き潮の静かなリーフの中で試泳というよりはほとんどシュノーケリング状態。ブイまで行って帰ってくる。まじめな人もいるっていうのに、私はすっかりリラックスしてノー天気におさかなを追いかけまわしていた。


 さて当日。曇り。風やや強し。前回を思い起こさせる様な空の色。でも水温は25度位とのこと。問題はない。そしてスタート。前回の2.5kmを一往復するコースから、今回は同じ所を3周するコースどりになっている。こだわれば残念な気もするけれどこの海を5km泳ぐことに変わりはない。スタート地点のAブイからBブイまで500m以上何もない。スイマーの目の高さからは何も見えない。


 心配したとおり私は大きく左へふくらんで泳いでいるらしい。波もある。いつも泳ぎはじめはそうだけど、心細くてほとんどパニック。そこへ試泳のため、遅れてスタートした村野さんが追いついてくれた。「あそこに見えるあのブイ曲がるんですかね。」「いや、もう1つ先のあっちのブイよ。」と話しているうちに何だか落着く。気をとりなおして泳ぐ。ブイを曲がる。もう1つ曲がる。浜へ帰るコースになっても潮の流れか全然すすまない。行きも大変、帰りも大変。とその時「あーっ!」という大声。顔を上げると船が右肩方向からせまって来た、と思ったらすでに私は船の下敷き(?)あわてて逃げだす。こんなのあり? 「大丈夫?」船の人はさかんに心配する。エンジンはすぐに止めたらしく痛みはそれほどではないけどショックと恐怖心で私はすっかりめげた。『このまま帰ってもうやめちゃおう。』そう決めた。
 「徳ちゃん、またもリタイア」
 「ゴールに届かない因縁のヨロン」
 つまらないコピーばかり頭に浮かぶ。いいよべつに。守ってくれるはずの船がぶつかったりするからいけないんだ。このままあと4kmも泳げません! 決意のもとに1周め最後のシーベースを曲がった時、100m位前を泳いで行く吉田さんが目に入った。海に初めて挑戦した時から一緒に泳ぎ続けている友人だ。見なれたストロークが何の迷いもなくAブイを曲がり沖へ向かって行く。『吉田さんに続こう。』ふてくされてる場合じゃない。私も迷わずあのブイを曲がろう。


 そしてまたどっちへ向いて泳いでいいかわからない。Bブイを捜してモタモタする私の横をトップのスイマーがサーッと追いこして行く。わき目も振らず、プールを泳いでいるようにあっという間に見えなくなる。見とれてる場合じゃない。私も泳がなきゃ。雲が切れて日が差してきた。エメラルド色の水と海底の白い砂が描く紋様が息をのむほど美しい。そして3周め。初めて体験する距離に体は正直だ。肩のあたりが重い。『あー疲れたー』と思いながら海底に沈む流木の上を通る。あれっ? この木の上さっきも通ったよね。スイマーの心理って不思議です。相変わらずコース取りが改善されてないことよりも、こんなに広い海で同じ所を通れたことがうれしい。私ってすごい、なんて思っちゃう。いよいよ最後の直線。ここまできて、やっと完泳できそうな気がしてくる。と思っただけでもう胸がいっぱいになる。残りの海をゆっくり泳ぎたくなる。そしてゴール。ドカーンと花火が上がったのは私の心の中でだけ。昼下がりののんびりした砂浜に1人のスイマーがさりげなく戻ってきた、そんなゴールでした。2時間18分、ずいぶん長い間泳いだもんです。考えてみれば去年のリタイアからずっとこの海、泳いでた気がする。やっと気がすんだ。去年この海を一緒に泳いで、今年は来られなかった仲間たちに、帰ったらさっそくメールしよう。みんな心配してるかもしれない。すっかり晴れた空と海を見ながらそんなことを考えた。めげたり、勇気づけられたりをくり返しながら、やっと手に入れた完泳という勲章、これからは私も胸をはってオープンウォータースイムの愛好者だって言おう。そんな自信持てるくらいの達成感をヨロンの海は私にくれた。やっぱりリベンジじゃなかった。この海のことはきっとずっと忘れない。そして一月たった今でも思い出すと心がホワッと暖かくなるのです。

Copyright(C)1999,TOKUSE Atsuko.

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