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Cocos Crossing 1996 旅行記

藤原充

イタリア製のそのモノフィンを黄色い専用リュックに入れて背中に担ぐと随分と人目を引くようだ。わたくしの肩幅よりもかなり広い板を背負った格好。亀さんが二本足で立ったような感じか。ハワイの空港では"Kite?"(凧かい?)と話しかけられたっけ。

ココス・クロッシングはココス島からグァム島まで2.2マイル(3.5キロメートル)を泳いで渡るオープンウォーター・スイミングの国際大会である。水深はとても浅いところからとても深いところまでさまざま、水温は温かく防寒対策としてのワセリン等は不要、コース全体がさんご礁で囲まれた内側にあるのでサメの心配はなく、色とりどりのコーラルフィッシュが眺められ、比較的安全で、わたくしが参加したいろいろな大会の中でもっとも美しいイベントである。

ホテルに着くとさっそく各地からの水泳仲間に連絡を取り、食事の約束をしたりする。

今回の日本人参加者は129人もいるらしい。日本人のみをざっと集計してみるとこんなふうになる。

年齢 日本人女性参加者 日本人男性参加者
..-140 0
15-190 1*
20-249*********3***
25-297*******10**********
30-347*******10**********
35-394****6******
40-445*****5*****
45-4913*************7*******
50-548********5*****
55-5912************7*******
60-644****1*
65-692**0
70-740 2**
75-790 0
80-..0 0
(71) (57)

参加総数は約210人になるとのこと。 いままでは応援の人たちもフェリーに乗ってココス島での勇ましいスタート風景が見られ、すぐにフェリーで戻りゴール風景も見られたのだが今年は参加人数が多くなったのでフェリーには参加者しか乗船できなくなってしまった。そのココス島へ向かう2隻のフェリーの上でわたくしたちは、今年もまた交互に二つの島を眺めて、これから自分がたったひとりで決断し最後まで泳ぎ抜くための方向を、目印を、確認するのだった。

持ち物はゴーグルとスイムキャップと、人によっては腕時計。これだけ。両肩両足に黒マジックで数字が書かれている。地図はいらない。あっちの島へ行けばいいのだ。でもそれがむずかしい。 海にはプールのようにコースロープは張ってない。コース?コースは自身で決めるんだ。右から左へと流れを感じたら、それでもまっすぐ進めばいいと決断するか回り道に見えても角度をつけるか決めなきゃいけない。自分で決める? 自分で決めてもその軌跡は意に反して右に右にと曲がって進んでいるかもしれない。 プールではわからなかっただろうけど。 それがわかった時にパニックにならない? うっかり水を飲んでパニックにならない? 底は深くて立てないよ。底? 底が見えない所だって通るよ。そういうただただ大いなるブルーの中を泳ぎ続けてね。ゴーグルに水が入った時・はずされた時に立たないで直せる? あっ秒読みが始まった。「じゃあゴールで会いましょう」スタートの合図が鳴った。水しぶきが上がって離れ離れになっていった。

今年もまわりに人影をみないほど散らばった。日本の大会では考えられないことだ。好きなように泳げばいい。これがこの大会の良いところだ。自分しか信じられない。この孤独を楽しみで毎年来ているのかな。あっ、蝶が飛んでる。蝶が海の上を島へ渡るのを見た。あとでみんなにもおしえてあげよう。

中盤からわたくしの横に現れたり後ろに下がったりする女性がいる。わたくしの左側から抜いて、やがてわたくしの正面に来て、わたくしの右側になる。するとわたくしのうしろに戻る。またわたくしの左側から抜いて、やがてわたくしの正面に来て、わたくしの右側になる。そしてわたくしのうしろに戻る。頼らないでよね。自分しか信じちゃ駄目。

そして終盤、突如大型カヌーが出現した。もっと左だという。ああ、見える見える。見えるんだけどなかなか近づかない。集中力が途切れそうになる。

そしてゴール。 114という札をもらう。記念撮影。心地よい疲れの中でみんな満足そうだ。日頃楽しんでいる水泳を、こっちの島からあっちの島へと実用に用いたことがうれしい。今日の水泳はただプールで泳ぎ続けたのではない。周回コースを競ったのでもない。鍛の日々の成果を示せたのだ。

年齢 全完泳者中の女性 全完泳者中の男性
..-148********17*****************
15-190 3***
20-2412************7*******
25-2912************27***************************
30-3411***********13*************
35-398********6******
40-448********11***********
45-4914**************11***********
50-547*******6******
55-5911***********9*********
60-644****2**
65-691*1*
70-740 2**
75-790 0
80-..0 0
(96) (115) (211)

完泳記録証をもらう。 1時間19分59秒で114/211位。性別年齢クラス別で18/27位。来年は5月25日(SUN)に開催とのことだ。いつまでも泳げる海であるといいな。今年も友人が増えた。四万十川などいろんなオープンウォーターの大会に出ているという。四万十川での再会を約束する。

翌日はレンタカーを借りた。何人かで泳ぎに行くことにする。島の向こう側で泳げる所を探してドライブだ。数個所で泳いだ。現地の人がピクニックしている。それは何だ。 これはモノフィンというんだ。それを100ドルで売ってくれと言われる。勘弁してよ。 350ドルはするよ。これはイタリア製で、日本で買うのもむずかしいんだとかいってことわった。彼の子供に少しだけやらせてあげた。奥まで足を突っ込めと英語で言えなくて困った。

グァム南端をまわってココス島を見ながら帰る。マゼラン上陸記念碑はこの近くのウマタック村にある。マゼランは1521年3月6日にここに上陸した。ここでは毎年3月第1月曜にグァム上陸の記念祭が行われているとのことだがこれはマゼラン軍が上陸して略奪・殺人・放火する芝居を行うのだという。大航海時代の冒険家達は先住民に対し乱暴者だった。しかし大洋を渡るには孤独に耐え勇気が必要であったろう。

腕にはナンバーのあとが日に焼けた肌に残った。これがオープンウォーター・スイミングのシーズンの幕開けなのだった。この数字はやがて日に焼けて消えてしまうだろう。これから海でのイベントが続く。左ブレスから顔を前方に上げた時にはるか遠くまで番号順にはためくブイが点々と続いているのが見える。どれだけ泳ぐことになるのだろうか。準備怠りなく挑もう。今年は水の中に何を見ることができるだろう。どんな出会いがあるのだろうか。

参考文献

本多勝一「マゼランが来た」1100円,朝日新聞社
大貫映子・石井晴幸・高橋伍郎「マラソンスイミング」1545円,窓社.
Copyright(C)1996 FUJIWARA Mitsuru


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