藤原充
伊豆下田外浦海水浴場へ向けて車で出発。沼津、修善寺経由で向かう。家から310km,5時間半。
13時からプログラム開始。自己紹介など。南関東各県、岐阜、愛知から参加者が九名。学生はいなかったかもしれない。20歳代から先輩スイマーまでいろいろ。ライフガード数名、インストラクターはチャネルスイマーの大貫映子さんと、ロットネス海峡横断20kmレース1998年2月21日ソロの部日本人初完泳7時間04分の尾辻朝美さん。
水泳歴、立ち泳ぎができるかどうか、海での水泳の経験の有無、1600m泳のタイムなどを確認。さっそく海岸へ。
ここ外浦海水浴場は弓なりの陸地で外海から護られ、沖への出口に筆島という大きな岩があり往復すれば約1マイル。オープンウォータースイミングの絶好の練習場所に見える。
専属のライフガードに見守られながら立ち泳ぎ、方向確認の練習、1組2名以上になってのロング泳。9月なのにまだ水が冷たくない。それでも水からあがってすぐ体を拭く。トータル3kmくらい泳いだ。
ビッグな2人のインストラクターとおおうなばらで大胆に行うオープンウォータースイミングに特化した練習。すばらしい合宿だ。
大浴場で体を温めてから豪華な夕食。お刺し身の舟盛りなど充実。大貫さんのオーストラリアでのお話や、サメ、海の危険生物、テレビ番組ウリナリや、各地のレースのことなどマニアックな話が弾む。
夕食後はロットネス島レースのスライドを見ながらいろいろ説明会。海ならではの対処法。普段のトレーニング方法。質疑応答など。ワセリンを見たことがない人もいるので実物を見せ、明日使用する。
波の音を聴きながら眠れば翌日は1.6km試泳。ライフセーバー2名が海上へ。2名が海岸で監視。漁船に大貫さんが乗り尾辻さんが泳ぎながら私達を観察する。泳力のあるトップ2名は特別に筆島を2往復した。みな完泳。海での水泳がはじめてという人も感動。
この競技のレースでは、選手も監視船も動いており、絶対的な視点というものは期待できない。それ以前に誰が誰だか区別さえ難しい。他の泳者との比較は相対的なものでしかなく、相手が遅いのか自分が速いのか、相手が右に曲がって行くのか自分が左に離れて行くのか区別が難しい。
今回の合宿では大貫さんが漁船の上からの視点で観察してくれたので助言がたいへん参考になった。
9月12日といえばもう海水浴もおしまいである。私達も今日が今年最後の海での水泳と感じ、名残惜しそうに再び海へ入るのだった。今日はほとんど泳がなかった大貫さんもひとりじゃいやだと言って道連れを誘って私達はまたまた海へ入り軽く泳ぐのであった。
大浴場で体を温めて昼食。黒船弁当とかいう下田の名物。和洋折衷でおむすびとサンドイッチ、天城のわさび漬けとピクルス、発想は単純だが味はおもしろい。
名残惜しいけれども解散。
最高の指導陣による合宿を終えて私は下田港へ向かう。波打ち際にペリー記念碑が立っている。そして丘の上には開国記念碑があり、ペリー提督と初代駐日総領事ハリスの肖像が掲げられている。
神奈川の三浦遠泳大会のあとで久里浜のペリー上陸記念碑を見たことを思い出すが、ここ静岡県下田にもペリーの足跡があるのだ。静かなこの記念碑の丘で西洋人男性と日本人女性のカップルも熱心に見入っていた。
翌朝の日曜日、私はさらに足を伸ばして静岡県清水市三保にいた。目的は東海大学海洋科学博物館だ。ここは小学生の頃に訪れたことがあり、実はここは私と海との関わりの原点だ。ここの展示物が強い印象を与え、海への憧憬を持ったのかもしれない。またここへ訪れたいと、何年も思っていたがとうとうやって来た。
入館すればいきなり多様な海洋生物の機能美、形態美。大型のマダラエイなどが両ひれを大きく広げた姿は一般に知られているが、その翼を折り上げて急降下する動きの格好良いこと。うつぼだって水泳家から見れば観察し甲斐のある動きだ。
大型造波水槽での津波の実験にもびっくり。一辺1メートルの立方体のマスの海水を蒸発させた時の、ナトリウムなどの残留物の実物の量も実感できる。
そしてメクアリウムのメカニマル(機械水族館の機械生物)。人工的な生物が水の中を泳いでいる不思議な世界。また動力を使わない次世代の船舶の研究などもおもしろい。
走行距離713kmの海を楽しむ充実した旅だった。
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